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さぃかいウォーク「堺県横断ウォークラリー」 第2回は3月20日 無事終了いたしました
多数のご参加ありがとうございました 

第3回以降の申し込みを承っております
先着90名様です

さぃかいウォーク「堺県横断ウォークラリー」 第3回
開催日時 平成16年5月15日(土)
時間 テーマ 「“文化”の国道 ― 竹内街道の足跡と証をしのびつつ」
コース 長尾神社→綿弓塚(竹内集落)→竹内峠→歴史資料館→叡福寺
9:30 集合 近鉄磐木駅 磐城駅前集合〜長尾神社
9:45 第1チェック 長尾神社 参拝
10:00 〜孝女伊麻碑〜竹内街道 1.5km
10:40 第2チェック 綿弓塚 散策(竹内集落と芭蕉の句碑)
11:00 〜旧竹内街道〜竹内峠3km 2.5km
12:00 第3チェック 竹内峠 石碑見学(資料館館長のお話)
鶯の関跡碑、竹内嶺開削碑、奈良県境の碑
 12:30 〜国道〜万葉の森(晴天時のお弁当場所) 2km
13:00 第4チェック 竹内街道歴史資料館 自由昼食(雨天時のお弁当場所)
資料館見学後叡福寺まで館長さんが同行
14:00 〜孝徳天皇陵〜山田村〜用明天皇陵〜叡福寺 2km
15:30   叡福寺 見学(館長のお話)
本堂、南大門、多宝塔、聖徳太子廟など
16:00   解散
  最寄の駅 近鉄「喜志」or上ノ太子駅 バス停「太子前」からバスで約10分 合計8km
みどころ
長尾神社:竹内街道と横大路、さらに長尾街道が交差する地にあります。言い伝えでは三輪神社や龍王社が大蛇や龍の頭で、この神社が尾の役を
担っているといわれています。 静かな境内にある絵馬堂には昭和50〜60年代に奉納された美しい絵馬が壁にびっしり並んでいます。 この神社から竹内街道は始まります。
綿弓塚(竹内の集落):山麓線の道路を横切ったあたりから竹内の集落があり、家並みを貫通する約600mほどの坂道の両側に、かつての商家の名残をとどめる格子や大和棟の民家がいくつか見られます。司馬遼太郎や孝女伊麻にゆかりの家や、酒屋の跡等。丁度中ほどに古い商家を休み処として開放している「綿弓塚休憩所」があり、かつての江戸の町並みの地図や囲炉裏などがあります。この地は貞享元年(1684)秋に竹内出身の門人・千里の案内で江戸を出立した「野ざらし紀行」の途中、芭蕉が滞在した興善庵の跡です。 『綿弓や琵琶になぐさむ竹の奥』の句を記念して文化6年に建てられた碑といわれています。 
竹内街道歴史資料館:展示室は2室あり、常設展示室である第1展示室では、館のメインテーマである「竹内街道」について、展示解説している。展示室中央では、街道の歴史の幕開けから現代に至るまでをマジックビジョンを用いて、通史的に解説。また展示は「石の道」、「最古の官道・大道」、「太子信仰の道」、「庶民の道」の4つのテーマに沿って、コーナー別のVTR映像がサポートし、竹内街道と太子町の歴史について解説している。第2展示室では、通常は館の所蔵する歴史、考古、民族等に関する資料を中心に展示解説している。また太子町の歴史に関係したテーマを設定し、企画展、特別展を開催する予定です。
叡福寺(聖徳太子廟):聖徳太子がこの地に廟を造ることに決め、推古28年(620年)に墓所を造営したといわれている。翌年、太子の生母間人(はしひと)皇后が死去したのでこの墓に葬り、更に推古30年(622年)には太子と妃の膳手(かしわで)姫とが同時期に亡くなり、この同じ墓に葬られたとされている。結果、廟は三骨一廟の陵墓になった。
 太子の没後、聖武天皇の勅願により、太子の墓を守り霊を鎮めるため神亀元年(724年)に建てられたのがこの叡福寺であるという。

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平成   年   月   日

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